親の味方たちの集うバル。何が彼らを突き動かすのか。【前編】

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色とりどりの缶詰が、ずらりとならぶ不思議な空間。その空間の奥には、缶詰の製造や瓶詰めを見たり体験したりできるラボスペース。

そんな、とてもユニークなお店、カンナチュールでオヤノミカタバルVol.2が開催されました。

今回のバルは、事業運営者5名によるプレゼンテーションを聞き、思考や課題を共有し、意見交換をして行くというスタイルのもの。

では早速、プレゼンター5名の活動をご紹介します!

親たちの負担を減らし、笑顔を増やす

1人目は、株式会社オヤノミカタ代表 松井知敬さん。

「育児ノイローゼを感じている」「子どもをきつく叱ってしまう」

主婦の半数以上からそのような解答が返ってくる現代の子育て。

夕方の時間帯に近所の子どもたちをみんなで見ていた時代の子育ては、ほとんど見られなくなり、特に都会では、親と子、一対一で子供を育てることが、現代の「当たり前」になっています。

しかし、この「一対一」の状況が、子育てにおいて、しんどさを生み出す根っこの1つになっているということを、自身の主夫経験を通して感じた松井さん。

「時代の流れとともに失われてしまった、子育ての良い部分、現代の子育てに足りていない部分を肩代わりしたい..」

「オヤノミカタ」は、そんな現代の子育ての中で感じる親たちの負担を少しでも軽くし、笑顔を増やすことをミッションとして、事業展開されています。

親たちの心に寄り添うということ

松井さんは、2014年に企業してすぐに、「オヤノミカタブログ」を開設。そこで、仕事や子育てに関する記事の発信を始めました。

記事は、「現代の子育てを大変にしている要因は、いったい何なのか…」そんな親の真相心理を考察していく内容が中心でした。

「~べきを、言わずに、心に寄り添う、読者の思いを全部受け取めるような記事を書いて発信していました。何か答えを出すより、分かってくれる人がいるんだ、と思ってもらえるように。」

すると、女性の読者から、「男性に、自分の気持ちを分かってもらえて感動した」という反応が返ってきたそうです。その「共感」に対する感動は、書き手と読み手が異性だからこそ、生まれたものなのかもしれない、と松井さんは言います。

パートナーである夫に、子育ての悩みをなかなか分かってもらえないと悩む女性の声は、実際よく耳にします。私自身もそうでした。

振り返ってみると、一歳頃までの子育ては、身体が感情に追いつかない日々だったような気がします。というより、身体と感情をつなぐ線が、ブツッと切られ、全く別のものにされたような状態。

「子育てが、しんどいだなんて、人には言えない。でも、せめて夫には分かっていて欲しい」

そんな思いがあるのに、何をどう伝えて良いかわからない、自分の感情を伝える為の言葉が見つからない。その結果、伝えることを諦めて、思いの全てを飲み込んでいたような気がします。

もし、そんな時に、松井さんのブログに出会っていたら、きっと、うんうんと頷きながら、「私の気持ちを代弁してくれた!」と、感動していたに違いありません。そして、ブログの記事をプリントアウトして、そっとリビングのテーブルに置いていたでしょう(笑)

それが子育てをする上で、当時の私に足りなかった部分の「肩代わり」になったのではないかと思います。

“笑顔”のために、これからもずっとかわらないこと

今後は、「親の味方」として活動している人や団体、企業などのバックアップすることで、ミッションが達成できるのではないかと考えている松井さん。

「試してみたいことがあれば、まずは、そのアイディアの種を蒔いて、反応を見ます。そうやって小さな種をたくさん蒔いて、芽が出たところに水をやって育てていきます」

現在の「オヤノミカタ」を作っている、様々な親の味方となる事業、それら全ての始まりは、松井さんの種蒔き。

親の、言葉にならない「キモチ」を文字で表し、伝えてくれた「ブログ」という最初の種が、子育て中に1人では抱えきれなかった「キモチ」を一緒に抱えてくれたように、これから、どんな種が芽吹き、花開き、失われてしまった「子育ての良い部分」を創り上げていくのか、楽しみで仕方ありません。

日本初シングルマザー専用シェアハウスの立ち上げ

続いては、一級建築士事務所 秋山立花代表の秋山怜史さん。

秋山さんは、2012年に日本で初めてシングルマザー専用のシェアハウス「ペアレンティングホーム」を開設。

シングルマザー世帯では、圧倒的に一人っ子が多いため、家庭内での時間は、ほぼ一対一で子どもと過ごしている人が大多数です。しかし、ペアレンティングホームでの生活は、子どもたちが、まるで兄弟のように一緒に遊び、食事をし、お風呂に入るなど、「子ども同士の時間」が、自然と生まれてくるそうです。

「子ども同士の時間」ができると、母親たちに自由な時間ができ、心身共に余裕が生まれると、秋山さんは言います。

ペアレンティングホームは、「子どものため」、それ以上に、「どうしたら母親たちの負担を減らせるか」に視点を置いた結果、「子育てシェアをすれば、もっと子育てはラクになる!」という考えから生まれたものなのだそうです。

子育てシェアが作り出す、それぞれの時間

ペアレンティングホームには、「うらやましい!」と、私自身が思ったサービスがあります。それは、週に一回の、家事代行のサービスです。

母親たちにとって、1日のうちで、1番苦痛な時間はいつなのか調査をしたところ、圧倒的に多かった答えが「夕飯の時間」だったそうです。仕事が終わり、保育園に迎えに行き、夕飯の買い物、準備、食べさせて、後片付け…そんな1日のうちで最も大変な時間を、「息抜きの時間」にするべく、ペアレンティングホームでは、週に一回、この時間帯の家事一切を代行してもらうというサービスが取り入れられています。

私自身も、現在は仕事をしながら子育てをしています。保育園の迎えの時間から逆算し、仕事が中途半端でも、そこで切り上げて職場を出ます。そして夕飯の買い物をし、迎えに行き、帰宅後は、もう1ラウンド開始(笑)という毎日です。「働く母」は、みんな同じだし、みんなやっていることなので、「そんなもんかぁ…」と思ってこなしてきました。

そんなある日、身近な人たち同士で、「夕飯の時間」の子育てシェアを、実際に体験する出来事があったのです。それもあって、ペアレンティングホームの家事代行サービスデーには興味を惹かれました。

詳しくはこちらのブログをどうぞ。
仲間がいるということ 〜前編〜|★KMP★くさつ未来プロジェクト

ペアレンティングホームは、目指す地域の縮図なのかもしれない

秋山さんの取り組みは、多数のメディアで紹介され、現在、シングルマザー専用シェアハウスは、全国で30施設ほどにまで広がりを見せています。

しかし、シェアハウスの入居対象は、現代社会で、シングルマザーが得る年収の上位30%の層にいる人たち。つまり、シングルマザーの平均年収が180万円のところ、280万円以上の収入を得ている人たちが、入居対象になっているのです。この対象となる層を広げる事が今後の課題とのこと。

また最近では、行政からも声がかかるようになってきており、秋山さん自身、積極的に行政と繋がり、なかなか表には見えてこない「育児困難家庭」を拾い上げていきたいそうです。

しかし秋山さんはこう言います。

「実は、シェアハウスで解決できることは少ないのです。例えば、一般の集合住宅など、地域の中で、子育てシェアが浸透すれば、地域全体で子どもを育てる事が当たり前になります。僕は、そんな地域、社会を作っていきたいと思っています。そして、市民、行政、企業、それぞれの枠組みを超えて繋がり、色んな課題を解決できる街づくりをしていきたいですね」

第二の人生のスタートライン

続いては、日本チャレンジ株式会社代表の川田道子さん。

川田さんは、大学を卒業後、すぐに結婚し、専業主婦に。それと同時に始まった50歳年上の義母の介護、そして子育てのダブルケア。当時は、現在のような介護保険や制度もなく、「義親は、嫁がみて当たり前」の時代。一方で、周りの友達は、親に手伝ってもらいながら子育てをするのが当たり前。「私だけ…」そんな思いを抱きながら、日々のダブルケアをこなしていたそうです。

20年間続いた介護が終わると同時に、離婚。

「私は、介護要員だったのかな」

それから一年間は、悲しみに暮れ、立ち直る事が出来ませんでした。しかし時が経ち、改めて結婚生活を振り返り、見えてきたもの。

夫に対して不平不満を口にする事が多かった自分。
家族に対しての労いの言葉が少なかった自分。

過去の自分と向き合う事で、至らなかった部分に気づくことができたと言います。

それは川田さんが第二の人生のスタートラインに立った瞬間だったのかもしれません。

40歳からのrestart

離婚から立ち直り、再出発を決め、さあ働こう!と発起したけれど、これまで仕事経験が一切なく、40歳という年齢もあり、働き口を見つけるのは容易ではなかったそうです。

「それなら、自分で作るしかない…」

必要に迫られて起業することになった川田さん。

起業を決めたときに、核となった思い、それは、

「自分のように働きたくても働く事が出来なかった女性たちが、社会で輝ける場を作りたい。そして、子育ての経験をプラスにして活躍できる場を作っていきたい」

その時の川田さんは、自分の中の「痛み」そして「希望」を、自分と同じ立場にある全ての女性に投影していたのかもしれません。

2011年「平成の寺子屋 かきかた教室」を立ち上げ、講師としての活動を開始。

「自分は、何もできないと思っていたけれど、生徒から、”先生大好き!”って言われると、自分の存在そのものが認められたような気がして。それが、ただただ嬉しかったんです。最初は、全然事業として成り立っていなかったけれど、自分が必要とされる仕事があって、本当に良かったと思いました。」

更なるキャリアアップを目指して

2016年10月に日本チャレンジ株式会社を創立。現在は、京都女子大学大学院に在学しながら、多くの実績を積み、社会から認められるよう日々奔走している川田さん。また、新たな事業として、日本中の子どもたちが、簡単に正しく鉛筆が持てるようになる「京都かきかた鉛筆」を開発し、現在特許申請中とのこと。

「鉛筆を正しく持つことができれば、綺麗な字を書くことができます。そうすると、子どもたちは、書くことが楽しい!と思えるようになるんです。そして、先生や親に褒めてもらえると、自分は、やればできるんだ!という、自信になる。それが自己肯定感を高めるきっかけになって欲しいと思い、この鉛筆を作りました」

社会で、家庭で、輝く女性を増やしたい

現在は、元生徒の保護者6名とともに、かきかた教室の指導、運営を行なっているそうです。

「これからも、女性が社会で輝ける場を作っていきたいと思っています。お母さんが笑顔になれば、子どもも笑顔になる。家庭が明るくなります。」

今後は、高齢者福祉施設等で認知症予防のための運筆教室や、外国人留学生のためのかきかた教室など、自身の活躍の場も広げていきたいそうです。

「これまでの人生の中で、今が1番私らしく生きられているなって。だから、色々あったけれど、それも全部含めて、よかったなって…今は、そう思えます!」

笑顔で、そう言い切る川田さん。

ただひたすらに前だけを見て、前進し続ける川田さんの姿は、まさに「輝く女性」のシンボルかのごとく、眩しい光を放っていました。

☆後半に続く
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親の味方たちの集うバル。何が彼らを突き動かすのか。【後編】
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撮影:Makibi
https://www.itowaphoto.com/